福岡高等裁判所那覇支部 平成3年(ネ)51号 判決 1992年10月22日
控訴人
大城信子
同
大城芳子
控訴人・当審参加人(以下「控訴人」という。)
青沼悦子
当審参加人
甲野清子
右四名訴訟代理人弁護士
幸喜令信
被控訴人
甲野朝吉
右訴訟代理人弁護士
池田盛純
主文
控訴人青沼悦子の共同訴訟参加の申立を却下する。
原判決主文第一項を取り消す。
控訴人ら及び当審参加人と被控訴人との間において、亡甲野朝蒲の遺産について昭和四六年八月ころ相続人(控訴人大城信子、同大城芳子、亡甲野朝順、当審参加人及び被控訴人)の間でなされた遺産分割協議は無効であることを確認する。
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、第一、二審を通じて、被控訴人に生じた費用の三分の一と控訴人青沼悦子に生じた費用を被控訴人の負担とし、被控訴人に生じたその余の費用と控訴人大城信子及び同大城芳子並びに当審参加人に生じた費用を右控訴人ら及び当審参加人の負担とする。
事実及び理由
第一申立
一控訴人大城信子及び大城芳子(平成三年(ネ)第五一号事件遺産分割無効確認等請求控訴事件)
原判決主文第四項を取り消す。
被控訴人は、控訴人大城信子及び同大城芳子に対し、別紙物件目録(一)ないし(二)記載の土地につき、那覇地方法務局沖繩支局一九七一年八月一七日受付第六八七三号をもって昭和四五年二月二二日相続を原因としてなされた所有権移転登記を、同一相続を原因として控訴人大城信子及び同大城芳子の持分を各五分の一とし、被控訴人の持分を五分の二とする所有権移転登記に更正登記手続をせよ。
被控訴人は、控訴人大城信子及び同大城芳子に対し、別紙物件目録(一二)記載の土地につき、那覇地方法務局具志川出張所昭和四八年五月一日受付第三八〇九号をもってなされた所有権保存登記及び同出張所昭和五六年七月二二日受付第六二三八号をもってなされた合併による所有権登記を、いずれも控訴人大城信子及び同大城芳子の持分を各五分の一とし、被控訴人の持分を五分の二とする昭和四五年二月二二日相続を原因とする所有権保存登記と合併による所有権登記に更正登記手続をせよ。
二控訴人青沼悦子及び当審参加人(平成四年(ネ)第二六号共同訴訟参加事件)
主文第三項同旨
第二事案の概要
一争いのない事実
原判決中の「一 原告ら全員の請求について」の「1 原告らの請求原因」欄(原判決三枚目表一一行目から同四枚目表一一行目まで)に記載のとおりである(ただし、原判決三枚目裏六行目の「仲程清子」を「当審参加人甲野清子」と、同一〇行目の「遺産分割」を「遺産分割協議」とそれぞれ改める。)。
二争点
1 被控訴人の主張は、原判決中の「一 原告ら全員の請求について」の「2 被告の抗弁」欄(原判決四枚目表末行から同五枚目表四行目まで)に記載のとおりである(ただし、原判決四枚目表末行の「清子」を「当審参加人清子」と改める。)。
2 控訴人らの主張は、原判決中の「一 原告ら全員の請求について」の「3 原告らの再抗弁」欄(原判決五枚目表六行目から同一〇行目まで)に記載のとおりである。
3 したがって、本件の争点は、①被控訴人主張の遺産分割協議は有効か、仮に有効でないとしても、控訴人大城信子及び同大城芳子は別紙物件目録(一)ないし(一二)記載の土地の共有持分権を被控訴人に贈与したか、②被控訴人は別紙物件目録(一)ないし(一二)記載の土地を時効取得したかの二点である。
第三判断
一平成三年(ネ)第五一号遺産分割無効確認等請求控訴事件について
当裁判所も控訴人らの遺産分割協議無効確認請求は理由があり認容されるべきであるが(ただし、後記二のとおり、遺産分割協議無効確認請求訴訟も当審に移審しており、これに当審参加人が共同訴訟参加したことによって右訴訟が適法となったことが右判断の前提である。)、所有権移転登記等の更正登記手続請求は、控訴人大城信子及び同大城芳子において別紙物件目録(一)ないし(一二)記載の土地の共有持分権を被控訴人に贈与したことが認められるため理由がなく棄却されるべきであると判断する。そして、その理由は、原判決の「第三 判断」中の「一 原告ら全員の請求について」欄の1ないし3(原判決裏五行目から同八枚目裏五行目)に説示のとおりである(ただし、原判決六枚目裏六行目の「被告本人」の次に「弁論の全趣旨」を、同七枚目表一行目の「証明書」の次に「(乙第四号証。ただし、同文書の日付の年は「昭和五五年」と記載されているが、「昭和四五年」の誤記と認める。)」を、同裏一一行目の「であること、」の次に「前記のとおり、Aは控訴人悦子の誕生後約一年後の昭和三一年ころ精神分裂病に罹患し、その症状は当初より重度であったところ、当時Aの妻子のほか、父朝蒲、母ウシ、当審参加人清子、被控訴人といった家族構成であり、控訴人信子及び芳子はすでに他家に嫁いでおり、約一年後には当審参加人清子もブラジルに渡り、Aの妻弘子のほか父母と被控訴人とでAの面倒をみていたが、弘子も昭和四三年には離婚してAのもとを去り、母ウシも昭和三八年に死亡し、結局被控訴人は父とともにAの世話をし、昭和四五年に父死亡後は一人で昭和六〇年のAの死亡までその世話をすることとなったこと、Aは前記のとおり入院していた期間もあるが、そのほかの期間は通院治療であり、入院中も種々の面倒をみなければならなかったこと、被控訴人は大工兼農業で生計をたて貧しい中での病人の世話であったこと、このような経緯の中で、本件相続登記のために控訴人信子及び同芳子並びに当審参加人清子が特別受益者証明書を提出したこと、」をそれぞれ加え、同末行の「原告信子」の次に「及び控訴人大城芳子」を挿入し、同行目の「本人尋問」を「各本人尋問」と改める。)。
当審における弁論及び証拠調の結果を考慮に入れて検討しても、右引用に係る原判決の認定・判断を変更する必要を見出さない。
二平成四年(ネ)第二六号共同訴訟参加事件について
控訴人青沼悦子及び当審参加人は、控訴人大城信子及び同大城芳子と被控訴人との間で係属中の遺産分割協議無効確認訴訟に民訴法七五条により共同訴訟参加し、遺産分割協議の無効確認を求める旨申立てるので、まず右申立の適否について検討する。
遺産分割協議の無効確認を求める訴えは、遺産分割の前提問題であるから、共同相続人全員のために合一に確定されるべき固有必要的共同訴訟であると解される。したがって、共同相続人の一部の者が提起した遺産分割協議無効確認訴訟は当事者適格を欠き不適法であるが、その余の共同相続人が右訴訟に共同訴訟参加すれば瑕疵は治癒されるものと解されるから、右瑕疵を看過してなされた第一審判決に対する控訴審においても、当事者間に異議がないと認められる場合には、共同訴訟参加の方法により瑕疵を治癒することが認められると解すべきである。
そして、右の点は職権調査事項であると解せられるので、以下職権をもって判断する。
本件において、亡甲野朝蒲の相続人が控訴人大城信子、同大城芳子、亡A、当審参加人及び被控訴人の五名であり、亡Aの地位は控訴人青沼悦子に相続されていることは、当審参加人も含むすべての当事者間に争いがないところ、第一審においては、控訴人大城信子、同大城芳子及び同青沼悦子が原告となり、被控訴人を被告として、遺産分割協議の無効確認、別紙物件目録(一)ないし(一二)記載の土地の被控訴人名義の所有権移転登記等の更正登記手続等を請求したが、このうち遺産分割協議の無効確認を求める訴えは、当審参加人が当事者となっていなかったため不適法であるにもかかわらず、原判決はこの点を看過し、遺産分割協議の無効を確認する旨の判決を言い渡した。原判決に対しては、前記第一の一のとおり、控訴人大城信子及び同大城芳子が同控訴人らの更正登記手続請求が認められなかったことを不服として控訴したが、遺産分割協議無効確認請求については、控訴人ら及び被控訴人から控訴提起はなかった。しかしながら、控訴不可分の原則から、控訴人大城信子及び同大城芳子が更正登記手続請求について控訴を提起した以上、遺産分割協議無効確認請求も控訴審に移審し、しかも遺産分割協議無効確認訴訟は固有必要的共同訴訟であるので、控訴人大城信子及び同大城芳子のみならず控訴人青沼悦子も当然に控訴人の地位についたというべきである。
控訴人青沼悦子及び当審参加人は、当審に係属中の遺産分割協議無効確認訴訟に共同訴訟参加の申立をしたものであるが、右のとおり、控訴人青沼悦子は、既に遺産分割協議無効確認訴訟について控訴人の地位にあり、同人の共同訴訟参加の申立は不適法であることは明らかである。しかし、当審参加人の共同訴訟参加については、控訴人大城信子及び同大城芳子並びに被控訴人において異議がなく、これにより遺産分割協議無効確認訴訟の瑕疵は治癒されたというべきである。
しかも本件では、原審において遺産分割協議の効力に関し相当程度の審理がされているので、改めて審理を尽くさせるため原審に事件を差し戻す必要はないものと認められ、当裁判所も遺産分割協議が無効であると判断することについては、前記一に説示のとおりである。そして、固有必要的共同訴訟においては請求は一個であるから、右のような場合、控訴審としては、遺産分割協議無効確認の訴えについて既になされている第一審判決を取り消し改めて共同相続人全員の関係で判決すべきである。
三以上のとおり、控訴人大城信子及び同大城芳子の更正登記手続請求については、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないが、原審における控訴人らの遺産分割協議無効確認請求は不適法であって、これを看過した原判決は不当であるから原判決主文第一項を取り消した上、控訴人ら及び当審参加人の遺産分割協議無効確認請求は理由があるから、改めて遺産分割協議の無効を確認する。
(裁判長裁判官東孝行 裁判官喜如嘉貢 裁判官深山卓也)
別紙物件目録
(一) 所在 沖繩市明道一丁目
地番 六九五番
地目 畑
地積 四五二平方メートル
(二) 所在 沖繩市明道一丁目
地番 七六八番
地目 田
地積 五二〇平方メートル
(三) 所在 沖繩市明道一丁目
地番 七六九番
地目 畑
地積 八七八平方メートル
(四) 所在 沖繩市明道一丁目
地番 七八二番
地目 宅地
地積 461.47平方メートル
(五) 所在 沖繩市明道一丁目
地番 七八三番
地目 畑
地積 三九三平方メートル
(六) 所在 沖繩市明道一丁目
地番 七八四番一
地目 畑
地積 一一九九平方メートル
(七) 所在 沖繩市明道一丁目
地番 七八五番
地目 畑
地積 三二一平方メートル
(八) 所在 沖繩市明道一丁目
地番 七八六番
地目 宅地
地積 658.25平方メートル
(九) 所在 沖繩市字松本赤道前原
地番 八〇六番
地目 畑
地積 八二〇平方メートル
(一〇) 所在 沖繩市明道一丁目
地番 八一四番二
地目 畑
地積 八〇〇平方メートル
(一一) 所在 沖繩市字松本赤道前原
地番 八三六番
地目 畑
地積 九〇七平方メートル
(一二) 所在 具志川市字赤道大石原
地番 三四一番
地目 宅地
地積 1530.36平方メートル